「課題の分離」について悩むこと

休職中にアドラー心理学の課題の分離という考え方によって、

とてつもなく、途方もなく気持ちがラクになった。

 

何故なら、あれもこれも、相手を不快にさせてしまっているのは自分で、

全て自分のせいなんだ。と自分を追い詰める思考から脱却出来たから。

 

全員が全員、この自分の接し方で不快になるわけじゃない。

そこには相手自身が不快と感じるような捉え方をしている、選択しているという

事実を知れたから。

 

 

復職して今この考え方に関して悩みがある。

 

どう考えてもお前のせいだろ、とか

(お前を見てると)心配だから休んだ方が良いんじゃないか、とか

自分の課題の解決をこちらに押し付けてこようとしてくるコミュニケーションがしんどい。

つまり課題の介入。

 

これに対して思い付く解決策は、

全ての人が「課題の分離」を認知し、理解し、実践出来る世の中になる。

 

そうなればとても素敵だと思うけど、直ぐには難しいよねー。

 

かと言って、

あなたが私の行動によって不安だとか心配だとか、不快な感情を抱くのは

課題の分離によると、私のせいではありません。

今の私の状況を見て10人が10人同じ感情を抱く訳では無いですよね。

あなたがそういう感情になるような認知の仕方を潜在意識の中で選択しているんです。

あなたが一切心配しないにならないような人生を生きる為に私は生きているわけではありません。

あなたがあなた自身の中で向き合うべき事を私のせいにして、押し付けるのは辞めて頂きたいです。

 

なんてのはあまりにも冷たい感じがするなー。